時系列でたどる、セイコーの機械式クロノグラフ史

FEATUREWatchTime
2021.06.16

半世紀以上にわたる歴史を持つセイコーのクロノグラフ。これまでに数々のクロノグラフウォッチが発表されてきたが、そのなかでも代表的なモデルを時系列でたどり、日本発のクロノグラフが世界にどのような影響を与えてきたのかを探っていこう。記事は、世界最高峰の時計ジャーナリストにして、クロノス日本版でもお馴染みの、ギズベルト・L・ブルーナーである。セイコーミュージアムに滞在してクロノグラフの歴史を調べた大ジャーナリストが、セイコーのクロノグラフ史を簡潔かつ明瞭に語る。

Originally published on watchtime.com
Text by Gisbert Brunner
Edit by Yuzo Takeishi
2020年5月 掲載記事


キャリバー5719:日本初の腕時計用クロノグラフ

写真右のキャリバー5719は、日本初の腕時計クロノグラフ「クラウン クロノグラフ」に搭載された。

 セイコーが日本で初めてクロノグラフを搭載した腕時計の製造に着手したとき、そのゴールは、時間計測よりもステイタスシンボルとしての時計を作り出すことにあった。長野県諏訪市にあるセイコーの工房、諏訪精工舎では、1964年の東京オリンピックに向けて時計を開発。そこに搭載されたのは12リーニュ(直径27.6mm)の手巻きキャリバー5719だった。この、厚さ6.1mmのムーブメントの特徴は、クロノグラフを作動させるためのひとつのプッシュボタンに水平クラッチ、そしてスタート/ストップ/ゼロリセットを行うコラムホイールを採用したこと。振動数は2.5ヘルツ、つまり1万8000振動/時で、クロノグラフを作動した状態で約38時間のパワーリザーブを実現。ケース素材はステンレススティールで、ケース径は38.2mm、ケース厚は11.2mmだった。

 この時計には積算計がなかったため、セイコーは1分刻みに目盛りをつけた回転式ベゼルを採用した。1分以上の時間を計測するには、まずクロノグラフを作動させたあと、三角形のマーカーの先端と分針とを合わせ、時間計測を終えてクロノグラフをストップしたら、回転ベゼルを使って経過分数を、経過秒数は文字盤からそれぞれ読み取るというものだった。最初のクロノグラフシリーズの問題点はプラスチック製の回転ベゼルが壊れやすいことだったが、その後、セイコーはこれを頑丈なステンレススティール製に変更し、この問題を解消した。

キャリバー5718クロノグラフには、60分積算計とスモールセコンドを兼ねたサブダイアルを搭載。また、12時位置には2桁のデジタル式ポイントカウンターを設けた。

 セイコーはクロノグラフムーブメントにもうひとつのバージョンを用意した。それが厚さ6.4mmのキャリバー5718で、ステンレススティール製の限定モデルに搭載された。これは非常に希少性が高く、コレクターからも高い評価を得ているモデルだ。ダイアル12時位置にあるデイト表示のように見えるのは“ゴルフストローク”または“ポイントカウンター”と呼ばれるもので、ケース左側のふたつのボタンで操作。また、ダイアルの6時位置には60分積算計とスモールセコンドを兼ねたサブダイアルを備え、ダイアルの外周にはタキメータースケールを配していた(編集部注:12時位置のポイントカウンターは24時間で一桁ずつ進むため、デイト表示としても使用可能である)。


キャリバー6139:世界初の自動巻きクロノグラフ

「61ファイブスポーツ スピードタイマー」と写真右のキャリバー6139は、市場に出回った最初の自動巻きクロノグラフだ。

 60年代、スイスの時計メーカーが自動巻きクロノグラフの開発競争を行なっていたことはよく知られているが、日本のメーカーもそこに参戦していたことを知る人は多くないだろう。セイコーは67年に自動巻きキャリバー6139と6138の開発をスタート。それからわずか2年の開発期間で製作されたキャリバー6139は、直径27.4mm、厚さ6.5mmという驚くほど小さなムーブメントだった。ボールベアリングを使ったセンターローターによって巻き上げられる主ゼンマイは、現在でも採用されているマジックレバーと連動し、両方向巻き上げシステムによってエネルギーを伝達。しかも、完全に巻き上げ、かつクロノグラフを作動させた状態で約36時間のパワーリザーブを実現するものだった。

 また、パフォーマンスの向上を図るため、開発者は振動数を当時の標準であった2.5ヘルツ(1万8000振動/時)ではなく、3ヘルツ(2万1600振動/時)へと高めている。そのほかの技術的な特徴としては、クロノグラフを制御するコラムホイールや、6時位置の30分積算計、垂直クラッチの採用が挙げられる。なかでも垂直クラッチは当時としては非常に画期的な伝達方式で、スイスの時計よりもかなり早いタイミングで採用。そしてセイコーは、デイト表示に加え、曜日表示は2か国語(日本語と英語)をラインナップしていた。

キャリバー6138は、セイコーが1970年に発表し、スモールセコンドとふたつの積算計を搭載した2モデルのクロノグラフ(写真中、右)に採用された。

 この新しいムーブメントを搭載した「61ファイブスポーツ スピードタイマー」は1969年5月の中頃に登場。つまり、セイコーは世界初となる自動巻きクロノグラフの市場投入競争で勝利したのだ(競合であるゼニス、そしてブライトリング、ホイヤー、ビューレン、デュボア・デプラによる4社連合は、同年の後半に自動巻きクロノグラフを発売)。一方、厚さ7.9mmのキャリバー6138は70年にデビュー。これはキャリバー6139とは異なり、スモールセコンドと12時間積算計を搭載したもの。そしてオメガの「シーマスター ブルヘッド」のように、ケース上部にプッシュボタンを備えた「ブルヘッド」モデルにキャリバー6138を組み込んだ。

 ちなみに、セイコーは最初の自動巻きクロノグラフを宇宙に送り込んだメーカーでもある。73〜74年にかけて、アメリカの宇宙飛行士ウィリアム・ポーグがスカイラブ4のミッションで地球を周回した際、その手にはキャリバー6139を搭載したモデル(通称ポーグ・セイコー)が巻かれていた。


キャリバー7017:薄型自動巻クロノグラフ

薄型の自動巻きキャリバー7017(写真右)を搭載したクロノグラフモデルがデビューしたのは1970年のこと。

 70年、現在はセイコーインスツル(SII)となった第二精工舎は、70年代シリーズと呼ばれる機械式クロノグラフムーブメントを発表。厚さわずか5.9mm、直径27.4mmのキャリバー7017は、当時の自動巻きクロノグラフとして世界最薄を記録した。マジックレバーやコラムホイール、垂直クラッチといった要素はキャリバー6139を想起させるが、キャリバー7017は特別な機能を備えたまったく新しいムーブメントだった。部品点数を減らしたことでムーブメントはコンパクトになり、メンテナンスも容易になっている。もっとも、世界最薄を目指したことで積算計こそ搭載できなかったが、デイデイト表示は確保している。

 同じく薄型で30分積算計が付いたキャリバー7018は1971年に誕生。そしてキャリバー7015と、セイコーの最高峰とされるキャリバー7016が翌72年に発表される。特に後者は、2本の針が付いたサブダイアルを6時位置に配置。1本はスモールセコンド、そしてもう1本は30分積算用だった。

キャリバー7017の後継機:写真左はキャリバー7015、写真中と右はキャリバー7016とキャリバー7018をそれぞれ搭載したクロノグラフ。

 セイコー(第二精工舎)は77年に機械式クロノグラフ・キャリバーの製造を中止。その後、80年代初頭には機械式時計の製造を完全に停止した。

 製造に使用された機械は廃棄処分される予定だったが、ベテランの従業員たちは反発。そのおかげで、ヨーロッパで数年前から始まった機械式時計のルネッサンスが、日本でも90年代半ばに起こったというわけだ。


キャリバー シリーズ6S:クロノグラフの再生

20年以上に及ぶ休止を経て、セイコーは手巻きキャリバー6S74で機械式クロノグラフの生産を再開した。

 88年、セイコー(セイコー電子工業、現セイコーインスツル)はベテラン技術者や時計職人たちの手を借りて機械式クロノグラフの生産に再び着手。そのなかにはすでに引退していたメンバーもいたが、プロジェクトに参加することに同意した。直径28.4mmのシリーズ6Sは当初「クレドール」に搭載し、国内市場でのみ展開する予定だったという。そして88年に発表された厚さ5.8mmの手巻きキャリバー6S74は、振動数4ヘルツ(2万8800振動/時)で、約60時間のパワーリザーブを実現。デイト表示こそなかったが、30分積算計、12時間積算計、パワーリザーブ表示を備えていた。また、既存のモデルと同様、キャリバー6S74はコラムホイールを採用。その一方で伝達方式は垂直クラッチではなく、スイングピニオンに変更されている(編集部注:以降セイコーのメカニカルムーブメントはセイコーインスツルのみが製造するようになった)。

写真左はキャリバー6S77、写真右はキャリバー6S78を搭載したクロノグラフ。

 その後、セイコーはこのベースキャリバーから、クロノグラフムーブメントのシリーズを派生させていく。なかでも99年に登場した厚さ7.2mmのキャリバー6S77は、マジックレバーを採用した自動巻きムーブメントで、デイト表示と約50時間のパワーリザーブを保持したものだ。そして1999年には自動巻きキャリバー6S78も発表。6S74のスケルトンバージョンとなるキャリバー6S99は2000年に登場し、続く01年にデイト表示とパワーリザーブ表示を備えたキャリバー6S37が加わった。キャリバー6S77をベースとしたキャリバー6S96は60時間のパワーリザーブを保持していたものの、デイト表示は付いていない。

 最後が05年発表のキャリバー6S78をベースにしたキャリバー6S28だ。このムーブメントでセイコーは、ETAがキャリバー7750に行ったことと同様の変更を実施している。それは、キャリバー7753では30分積算計が12時位置から3時位置へと変更されていること。キャリバー6S28のデイト表示は、ダイアルの4時と5時の間に設けている(編集部注:キャリバー6S74、96と99はパワーリザーブが約60時間。それ以外の6Sは約50時間だった。また、初期型とそれ以外では、プッシュボタンの重さが変更されている)。

スケルトン化されたキャリバー6S99を搭載したクロノグラフ。

 セイコーは「TC 78」と呼ばれたキャリバー6S78を外部に供給。その顧客にはユンハンスがあり、ムーブメントはJ890と名称が変更されている。また、タグ・ホイヤーもTC 78を購入していたが、自社製造のパーツで大きな改造を行いキャリバー1887とした。


キャリバー シリーズ8R:現在のセイコー クロノグラフ

「アナンタ」に搭載されるのは自動巻きキャリバー8R28(写真右)だ。

 世界初の自動巻きクロノグラフ・キャリバー6139の誕生から40年後の09年、バーゼルワールドのセイコー・ブースを訪れると、そこには「アナンタ」と呼ばれる自動巻きクロノグラフの最新モデルが展示されていた(編集部注:現在は製造中止)。搭載されるのはキャリバー8R28で、これは2008年に量産体制に入ったムーブメントである。そしてこのモデルは、セイコー製クロノグラフの伝統的な特徴であるコラムホイールや垂直クラッチ、マジックレバーのほかに、すべてのクロノグラフ・カウンターが瞬時にゼロリセットする一体型三叉ハンマーといった革新的な機構を組み合わせている。8R28のパワーリザーブは45時間で、テンプ、ヒゲゼンマイ、脱進機は自社製。ムーブメントの直径は28mmで厚さ7.2mm。振動数は4ヘルツ(2万8800振動/時)で、292点のパーツで構成されている(編集部注:8Rキャリバーはそれ以前のクロノグラフと異なり、文字盤側にクロノグラフ機構を加えたムーブメントである)。

 続く11年に発表されたキャリバー8R39はダイバーズウォッチ用に設計されたムーブメントで暑さは7.6mm。その後、14年に発表されたキャリバー8R48は厚さ7.5mmで「ブライツ」に搭載されている。

 ETA 7753の代替機となるセイコーのムーブメントといえば、現在セイコーが外販するクロノグラフムーブメントのNE88Aだろう。これは8R39をベースとして14年8月に誕生したもので、厚さは7.63mmだ。

写真左の「アナンタ ダイバー」にはキャリバー8R39を、写真右の「ブライツ」にはキャリバー8R48が搭載されている(編集部注:いずれも現在は製造中止)。



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