IWC「ポルトギーゼ・クロノグラフ」その完全な歴史 1996~2021 (前編)

FEATUREその他
2021.12.10

完全な私見になるが、筆者はIWCのポルトギーゼという時計が大好きだ。端正で時間が見やすく、しかも堅牢なこのモデルは、良質な実用時計の条件を十二分に満たした傑作である。どのモデルも語るべきポイントを持っているが、意外なことに、大ヒット作である「ポルトギーゼ・クロノグラフ(旧ポルトギーゼ・クロノ・オートマティック)」のまとまった情報は皆無だ。あまりに定番過ぎるため、だろうか。

IWC

 だが、四半世紀以上作られてきたこのロングセラーは、実のところ(というか、かなりの努力を傾ければ)、他のポルトギーゼに肩を並べるほどの見どころに満ちている。今回は、そんなポルトギーゼ・クロノグラフの歴史とステキポイントを立体的に総ざらいするという、「ポル狂」による「ポル狂」のための記事だ。

広田雅将(本誌):文 Masayuki Hirota (Chronos-Japan)


ポルトギーゼとクロノの生い立ち

ポルトギーゼ・クロノグラフ

2020年に発表された新型ポルトギーゼ・クロノグラフ。Ref.3716(IW3716)。見た目は従来のRef.3714にほぼ同じだが、ムーブメントが自社製のC.69355に置き換わった。ラチェット式の両方向巻上げ自動巻きは、ショックが小さく、デスクワークでもよく巻き上がる。自動巻き(Cal.69355)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。18KRG及びSS(直径41mm、厚さ13.1mm)。30m防水。18KRGモデル:203万5000円(税込み)、SSモデル:90万7500円(税込み)。

 1939年、ふたりのポルトガル人の依頼によって、ポルトガル人こと「ポルトギーゼ」は誕生したと公式記録にはある。そもそもの彼らの依頼は「キャプテンが使える航海用時計を作ること」。ふたりの要求を受けたIWCは、高精度を実現するために、あえて大きな懐中時計用のムーブメントを採用し、そこに可能な限り大きな文字盤を加えた。

ポルトギーゼ・クロノグラフ

1939年にリリースされたと言われるオリジナルのポルトギーゼ(Ref.325)。ただ発表年には諸説ある。最初のモデルが搭載したのはCal.74。後に後継機のCal.98に変更された。直径36.6mmのムーブメントを格納するため、ケースサイズは42mmに拡大された。1993年の「ポルトギーゼ・ジュビリー」に酷似するが、これはオリジナルの325だ。

 これをミリタリーウォッチ風に仕立てなかったのが、IWCの巧みさだった。船乗りの中でも、船長クラスともなると、いわば名士である。おそらくIWCは、それを念頭に置いたのだろう。この大きな高精度時計に、らしからぬ端正な外装を与えたのである。もっとも、ケース以外のすべての部品を、既存の懐中時計から転用した初代ポルトギーゼが上品なデザインを持ったのは当然かもしれない。

 今でこそIWCを象徴するモデルとなったポルトギーゼ。しかし、このモデルは一部のコレクターのみが好む、ニッチな存在であり続けた。軍用時計でもないのに、直径42mmというサイズはあり得ない。IWCは1980年代にポルトギーゼの再生産を行うが、これは大きなサイズに拒否反応を示さない、ドイツ市場向けの限定版であったと言われている。

ポルトギーゼ・クロノグラフ

1996年にリリースされた「量産型」のポルトギーゼが、ポルトギーゼ・クロノグラフ・ラトラパント(Ref.3712)である。ETA7750から自動巻きを省いた手巻きムーブメントに、リヒャルト・ハブリングの設計したスプリットセコンドクロノグラフモジュールを加えたムーブメントを搭載していた。発表は96年とあるが、95年のカタログには記載されている。2004年まで製造。1996年にはPt250、18KWG100本で限定モデルが、97年には日本限定としてシースルーバックのモデルが100本製作された。

 転機が訪れたのは1993年のことである。創業125周年を祝うべく、IWCは懐中時計用のムーブメントを載せた復刻版の「ポルトギーゼ・ジュビリー」をリリース。そのスマッシュヒットに気を良くしたIWCは、ポルトギーゼのレギュラー化を考えた。といっても、当時、ポルトギーゼの大きなケースに載せられる自動巻きムーブメントは、ETAの自動巻きクロノグラフである7750しかない。IWCが、量産版のポルトギーゼにまず7750を搭載したのは当然の成り行きだろう。96年、IWCはまず7750から自動巻きを外した手巻き版の「ポルトギーゼ・クロノグラフ・ラトラパンテ」(Ref.3712)をリリース。98年には自動巻きの「ポルトギーゼ・クロノグラフ」(Ref.3714)を発表した。

ポルトギーゼ・クロノグラフ

1998年に加わったのが、自動巻き版のポルトギーゼ・クロノグラフ(Ref.3714)である。ムーブメントにはETA7750を改良したC.79240を搭載。2005年にはムーブメントを改良版のC.79350に変更した第二世代となるが、リファレンス番号やデザインは不変である。自動巻き。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約44時間。SS(直径40.9mm、厚さ12.6mm)。30m防水。1998年から2019年まで製造。

 このモデルが大ヒットを遂げた理由は、クロノグラフ化したにもかかわらず、オリジナルのデザインを一切損ねなかった点にある。デザインを監修したのは、時計史家のラインハルト・メイスと、IWCのCEOを務めていたギュンター・ブリュームラインと言われている。

 彼らは大きな文字盤と簡潔なデザインという特徴を守りつつも、いっそうの洗練を盛り込んでみせた。ETA7750の特徴である12時間積算計は廃止され、シンプルな縦二つ目のレイアウトに変更された。また、ベゼルはギリギリまで細くされ、見返しには秒表示が刻まれた。その細さを強調するように、すべての針は細身になり、とりわけクロノグラフ針は現行品ではあり得ないほど細く長くされた。

 IWCのうまさはケースデザインにも見て取れる。この時計が採用したETA7750は、厚さが7.95mmもある。そのためた普通に載せたのならば、ケースは “寸胴”になってしまう。対してIWCは裏蓋を鉢状に成形することで、ミドルケースを細く絞ったのである。厚い時計を、厚く見せないデザイン。この手法は、後に、マイスとブリュームラインが携わるA.ランゲ&ゾーネ「ダトグラフ」に転用されることとなる。

ポルトギーゼ・クロノグラフ

ユニークなカボション状のミニッツインデックスと、細身のリーフ針(IWCは当初スワロー針と呼んでいた)。極めて細いクロノグラフ針に注目。なお、IWCの伝統にしたがって、青い針は青焼きではなく塗装である。発表当初、ポルトギーゼ・クロノグラフの文字盤はスターン・クリエーション(旧スターン・フレール)が、針はシンガーが製作していた。丸くて立体的なミニッツインデックスは、スターンが得意とするものだ。その後、サプライヤーは変更されたが、仕上げはほぼそのまま踏襲されている。


ポルトギーゼ・クロノグラフを支えた心臓、ETA7750“改”

 1970年代に自社製ムーブメントの製造を止めたIWCは、主にジャガー・ルクルトとETAのエボーシュを採用した。他にもマーヴィンやバルジュー、フレデリック・ピゲなどもあるが、これらはごく少数である。

 メインとなったのは、ジャガー・ルクルトの3針自動巻きである889(900)と、メカクォーツクロノグラフの631だった。1980年代以降はETA2892A2や7750も採用するようになったが、ベーシックなものはポルシェデザインに限られ、IWC用には基本的に高度なモディファイを加えたもののみだった。IWCには、汎用品のETAを使うことに抵抗があったのかもしれない。

 しかし1990年代前半に、コレクションの拡充を図るべく、IWCはETA製エボーシュの全面採用を決めた。IWCがジャガー・ルクルトからETAに切り替えた理由には諸説ある。しかし、ギュンター・ブリュームラインはETAの安価なエボーシュを歓迎していたし(それをオーストリアのジャーナリストに公言したことで、いわゆるETA2010年問題が起こった、とも言われている)、技術部門の責任者であったクルト・クラウスはジャガー・ルクルト889の繊細さと神経質な針合わせ、そして低い巻き上げ効率を好まなかった。事実、ジャガー・ルクルトの889を搭載するインヂュニアを見たクルト・クラウスは、筆者に「巻き上げは良いかい?」と聞いてきた。また、ジャガー・ルクルトを”エボーシュ屋”から脱却させたいブリュームラインは、同じグループ内でさえも同社のエボーシュを使うことを好まなくなった、と言われている。以降、IWCはETA製エボーシュを載せた新コレクションを次々とリリースするようになる。主なモデルは以下の通り。

ポルトギーゼ・クロノグラフ

1990年代のIWCを代表するモデルが、GSTクロノ・オートマティック(Ref.3707)である。大ヒット作、ポルシェデザインの後継機として生まれたGSTコレクションは、IWCを支える屋台骨となった。さまざまなモデルがあるが、もっとも人気が高かったのはETA7750改のC.7922を載せた本作である。もっとも、GSTが売れたのは日本市場のみだった、とも言われている。自動巻き(Cal.7922)。25石。2万8000振動/時。パワーリザーブ約44時間。SSもしくはTi(直径39.6mm×厚さ14mm)。12気圧防水。1998年から2003年まで製造。

1994年:メカニカル・フリーガー・クロノグラフ Ref.3705(ETA7750ベース)
1996年:ポルトギーゼ・クロノグラフ・ラトラパント Ref.3712(ETA7750ベース)
1998年:GSTクロノ・オートマティック Ref.3707(ETA7750ベース)
1998年:ポルトギーゼ・クロノグラフ Ref.3714(ETA7750ベース)
1999年:マークXV Ref.3253(ETA2892A2ベース)

 大きく転換したのは、1998年のことだ。ETAの採用に積極的でなかったIWCは、この年を境に、ETA7750と2892A2を採用することになる。まず導入されたのは、GSTクロノ・オートマティックとポルトギーゼ・クロノグラフだった。もっとも、そのままエボーシュを載せなかったのはいかにもIWCらしい。搭載されたETA7750と2892A2”改”は、IWCに大きな名声と、自社製ムーブメントの製造ノウハウをもたらすことになる。

後編を読む
https://www.webchronos.net/features/73442/



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