巻き上げ機構 パワーリザーブ

FEATURE時計機構論
2019.08.17

パネライ
“リニア式”パワーリザーブ表示という独自の方式を採用する「ルミノール 1950 エイトデイズ GMT オロロッソ 44mm」。手巻き、3バレルで約8日間駆動する自社ムーブメントCal.P.2002では、主ゼンマイを収める香箱上に配置された歯車の回転がそれと噛み合う直線状の櫛歯(ラック)を左右に動かし、櫛歯にセットされたパワーリザーブ針が水平に移動する。
菅原 茂:文
Text by Shigeru Sugawara

パワーリザーブとは

 ここまで機械式ムーブメントの動力源となる主ゼンマイについて、「手巻き」と「自動巻き」について述べてきた。これらの巻き上げを主ゼンマイへのエネルギーチャージ、つまりインプットと解すれば、アウトプットは、巻き上げられた主ゼンマイから放出されるエネルギーだ。それによって時計がどれほど動き続けるかは、基本性能を判断する上で一つの参考になる。身近な例でいえば、自動車の燃費、スマートフォンならバッテリー駆動時間といったところだろうか。

 機械式時計の仕様に「パワーリザーブ40時間」といった表記にあるこの「パワーリザーブ」がまさにそれに当たる。英語の「パワーリザーブ」とは読んで字のごとく、パワーは動力、リザーブは蓄積、保存という意味。難解な言葉遣いが多い時計の専門用語の中では分かりやすい。

 パワーリザーブを表現する一般的な単位は、今述べた40時間のような時間数あるいは8日間といった日数を用いる。この40時間を例にするなら、まず香箱の主ゼンマイをいっぱいまで完全に巻き上げた状態にしておりて、時計を動かし始めると、ゼンマイが解け、停止するまでに40時間は連続して動くわけである。この数字が大きくなれば、それに比例して連続作動時間も長くなる。

F.P.ジュルヌ
パワーリザーブの表示で最も一般的な“ハンド式”では、ダイヤルに「セクター」という扇形のスペースを設け、回転軸をもった針によって時間数や日数などを示す。この「オクタ・オートマティックリザーブ」もその典型だ。Cal.1300.3は、自動巻きで約120時間パワーリザーブが備わり、9時位置に駆動時間(0から120)を表示。

手巻き機構

 手巻きの場合、パワーリザーブが40時間なら、腕に着けても着けなくても、40時間動き続けて止まるが、自動巻きでは少々事情が異なる。外から力を加えず静かに放置すれば、同じく40時間後に止まるのだが、腕に着けて使うと、パワーを消費しつつも自動巻き機構が主ゼンマイにパワーを補充する。さらに、自動巻きの香箱には、主ゼンマイの巻き過ぎを回避し、破損を防ぐスリップスプリングをいう安全装置も備わっていてるので、十分に巻き上がった後はローターは空回りするばかり。エネルギー収支は常に変動していて、巻き上げ状況は実のところグレーゾーンにあるのだ。

 それを“見える化”した機能がいわゆる「パワーリザーブ・インジケーター」である。香箱に主ゼンマイの巻き上げ状態をモニターする歯車を噛ませ、それを針などで文字盤上に表示するのが大まかな仕組み。その元祖はまたしてもブレゲである。アブラアン-ルイ・ブレゲが1780年代から作り始めた独創的な自動巻き懐中時計「ペルペチュエル・ウォッチ」では、針と60時間の目盛りでパワーリザーブを表示するのが定番スタイルになっていた
(巻き上げ機構「自動巻き」 https://www.webchronos.net/mechanism/11486/)。

 腕時計の時代になってパワーリザーブ・インジケーターの装備例は、20世紀の中盤、自動巻き腕時計の開発競争の時期に散見できるものの、搭載モデルが目立って増えたのは、機械式腕時計が本格的に復活する1990年代以降だ。実用性もさることながら、その機構やデザインを利用して機械式の魅力をアピールするのに役立った。

ノモス グラスヒュッテ
「タンジェント デイト パワーリザーブ」の“ディスク式”はシンプルで機構もコンパクト。手巻きムーブメントCal.DUW4401は、約42時間のパワーリザーブを香箱上に配置されたわずか3枚の歯車によって視覚化し、1時位置の窓に見える色(赤)で示す。駆動時間を具体的な数字で示すわけではないが、色の増減は目安になり、デザイン要素としても洒落ている。

自動巻機構

 ところで、自動巻きのローターが主ゼンマイを巻き上げて程よい状態に保ち、パワーリザーブを確保することは、精度維持に効力を発揮するとも考えられている。主ゼンマイからのアウトプット、つまり輪列に動力を供給するトルクは、主ゼンマイが完全に巻き上がった全巻きが最大で、解けるにしたがって徐々に減り、解け切る寸前で急激にゼロになる。その過程で精度に違いがでてくるが、自動巻きはトルクの減衰を抑制し、精度の安定維持をもたらすという理屈である。

 ほんとうのところパワーリザーブと精度の関係はどうなのか? 先の例でパワーリザーブ40時間なら40時間は動き続けると説明したが、その間は一定の実用精度は出ているとみてほぼ間違いない。時計メーカーがスペックに掲げる値は、精度が維持できる範囲での連続作動時間とされている。パワーリザーブ・インジケーターの表示範囲も、ふつうそれに準じている。

 単に動くだけなら、パワーリザーブの数値を超えてもいくらかは動き続ける。とはいえ、主ゼンマイが解ける終盤ではメカニズムを十全に動かすだけのトルクは得られないから、当然ながら精度も保証できない。したがって、単に動き続ける最後の状態はパワーリザーブの時間数に含めず、「オートノミー」という別の言葉を使う場合もある。また、精度低下の手前でムーブメントの作動をシャットダウンする腕時計も存在している。