巻き上げ機構 第2回「自動巻き」

FEATURE時計機構論
2019.07.08
ペルレ
現代の腕時計に一般的なセンター・ローター自動巻き機構の最初の考案者とされるスイスの時計師アブラアン-ルイ・ペルレ(左)。現在のブランド公式資料では創業年の1777年の作になっているそのムーブメント(右)は、巨大な半円形ローターと軸の歯車で主ゼンマイを巻くが、鎖引き円錐滑車も備わっていて、かなり厚みがある。

 機械式時計の動力となる主ゼンマイを巻き上げる方式として「手巻き」と並ぶもう一つのものは「自動巻き」である。英語では一般的に「オートマティック」と呼ぶが、「セルフ・ワインディング」もよく使われている。ところで「自動」という言葉のイメージから、何もしなくても時計自体が主ゼンマイを巻き上げ、いつまでも動き続けると考える人はさすがにいないだろうが、中にはそのように誤解する人もいるらしい。実際、自動巻き腕時計の購入者から、「時計を外しておいたら止まってしまった。故障ではないか?」といったクレームが販売店に寄せられることがあると聞く。自動巻きの腕時計は、腕の振りによってムーブメントに設置されたローター(回転錘)が回り、その力で主ゼンマイを巻き上げる仕組み。手で巻く代わりをローターが務めてくれる意味での「自動」だ。外力が加わらず、静止したままでの時計は、主ゼンマイが解けていって、最後には止まってしまう。止まった自動巻き腕時計を再び動かすには、リュウズを手で回すか、時計本体を軽く振ってローターを回転させればよい。いずれにせよ、利用者のひと手間は不可欠であり、そもそも主ゼンマイへのエネルギー・チャージなしには始まらないのだ。

 さて、この「自動巻き」の原型となる機構がヨーロッパで考案されたのは18世紀にまで遡る。スイスの時計師アブラアン-ルイ・ペルレ(1729-1826)が1770年代に開発した自動巻き懐中時計をもって世界初とするのが定説になっている。ちなみに、前回の「手巻き」の項目でも述べたように、時系列では手巻きより自動巻きが早く、その目的は鍵巻き式の不便を解消することにあったとみてよいだろう。

 ペルレの自動巻き機構は、ムーブメントの半分を覆う大きな半円形の錘を中央に取り付けたもので、形状としては、自動巻き腕時計で一般的なスタイルのセンター・ローターによく似ている。駆動原理としては卓抜なのだが、そこには懐中時計ならではの問題が立ちはだかった。当時の懐中時計をポケットに収めて使用すると、時計はリュウズが上の垂直姿勢になり、この状態では回転運動をするはずのローターが自重で下に滞留したままになり、せっかくの機能が発揮できなかったからだ。

ブレゲ
アブラアン-ルイ・ブレゲが発明した自動巻き時計「ペルペチュエル」のうち、現存する最古のものが、クォーターリピーター・ウォッチ「No.1/8/82」(1782年完成)。人間の歩行で振り子のように振動するプラチナ製の錘、錘の軸に据えたラチェット車、リバース装置によってツインバレル(2個の香箱)に収まった主ゼンマイを巻き、約60時間ものパワーリザーブがあった。

 ペルレに続く自動巻きの考案者は、フランス・パリの時計師アブラアン-ルイ・ブレゲ(1747-1823)である。彼が1780年にオルレアン公に販売したものが自動巻き懐中時計の第1号モデルとされている。ブレゲの自動巻きは、ペルレのセンター・ローターとは異なり、イカリ型をした振り子の錘に特徴があった。ムーブメントに取り付けられた錘は、懐中時計の垂直姿勢を考慮に入れ、回転ではなく、上下動を利用して巻き上げる仕組みになっていた。ブレゲはこの自動巻きを「ペルペチュエル(英語ではパーペチュアル)」と命名した。「永久」と称したこの機構によって、絶え間なく動き続ける時計、言い換えれば「永久機関」を自らの時計に体現しようとしたのだろう。1780年代に製作されたいくつかの「ペルペチュエル」ウォッチは約60時間のパワーリザーブがあり、ダイヤルにそのインジケーターも装備した。自身が発明した自動巻きのパフォーマンスに誇りをもっていたことは間違いない。推定ではあるが、ブレゲは1787年から1823年までに90個くらいの「ペルペチュエル」を製作したと考えられ、「マリー・アントワネット」の名で知られるあの超複雑時計「ブレゲNo.160」にもやはり振り子式のペルペチュエル自動巻き機構が組み込まれていた。