最近、多くの関係者が好んで語りたがる「クワイエットラグジュアリー」。押し出しの強いデザイン性から一転、控えめな時計に対する需要は数年前に比べると明らかに高くなっている。我々はこの“トレンド” をどう考えるべきか? ドレスウォッチブームのコアにまで浸透してきた、新潮流の本質を考える。

新垣隆太:写真
安部毅:企画協力
鈴木裕之:編集
[クロノス日本版 2024年11月号掲載記事]
シーンの中のクワイエットラグジュアリー
厚みのある圧縮カシミヤにもかかわらず、足を踏み出すたび流れるようなドレープが際立つ。質感あるウール、水を打ったような表情のシルク。ロゴや特定のブランドを示す特徴は見当たらない。ただただ、生地の落ち感やシルエットなどから、極めて高級であることが明らかな装いの数々……。
2023年から現在にかけて、パリやミラノのファッションウィークのランウェイで熱い視線を集めるスタイルが「クワイエットラグジュアリー」と称されている。

Courtesy of The Row
Photograph by Jamie Hawkesworth
メアリー= ケイトとアシュリーからなるオルセン姉妹が高級素材を惜しみなく使うザ・ロウ。イタリア中部のソロメオ村で丁寧なものづくりを続けてきたブルネロ・クチネリ。2018年の春夏シーズンにルーシー&ルーク・メイヤー夫妻がクリエイティブ・ディレクターに就任して以降、素材感を重視する姿勢を一層鮮明に打ち出しているジル・サンダー。
他にはボッテガ・ヴェネタやロロ・ピアーナなどに加え、昨年若手デザイナーの世界的登竜門であるLVMHプライズを制したセッチュウも注目されている。英セントラル・セント・マーチンズ美術大、サヴィルローの老舗ハンツマン、ジバンシィなどを経てミラノを拠点とする桑田悟史による新興だ。

その流れはレディースから始まって、2023年で最も注目されたキーワードとなり、現在はメンズの世界にも本格的に浸透しつつある。
2010年代にはインスタグラムをはじめとするSNSでの分かりやすい「映え」が求められ、いわば最短距離での差別化である、ブランドロゴを前面に出した服やバッグが受けた。ラグジュアリーブランドがストリート系の要素を取り入れた、いわゆる「ラグスト」とも合致した。ちなみに当時、SNSでラグスト系ファッショニスタのポストを拝見すると高確率で左手首に「ラグスポ」の時計が巻かれていた。もちろんラグスポ系の時計は現在でも素晴らしいことに変わりはないが、ラグストとラグスポの相性たるや抜群だった。

しかし2020年、突然のコロナ禍で外出もできず、華美な催しや他人と会うこともままならない生活の中で人々が求めたファッションは、肌触りのいいホームウェアやリモート会議などでも気軽に着用できるカジュアルなビジネスウェアに変化した。
リモートでの会議が以前に増して当たり前になる一方、コロナ禍において人々が気付かされたのは皮肉にも「本質的なこととは何か」だったのかもしれない。
そしてアフターコロナの世界で解き放たれたファッションピープルの視線は、以前から続くオーバーサイズなシルエットながらもブランドを特定するような要素がなく、上質な素材感や仕立てをさりげなく見せる装いに向けられた。

Photograph by Patrick Bienert
強く記しておきたいのは、代表例として挙げたブランドは「流行」を意識した服づくりではなく、以前からの姿勢を貫いているだけであり、それに人々やメディアが魅せられているという点だ。
時計ではここ2年ほど、男女問わずファッション業界の多くの友人たちがシンプルな18金無垢の「タンク ルイ カルティエ」を買い求めた。個人的に注視している流れは、2021年にパルミジャーニ・フルリエのCEOに就任したグイド・テレーニによる改革だ。バーリーコーンギヨシェの「トンダ PF」や、新作「トリック」の出来栄えには溜め息が出る。6月に来日した際、クワイエットラグジュアリーについて話を向けると「流行は廃れる。私たちの時計は他者に誇らず、自らのための贅沢、つまりプライベートラグジュアリーだ」との返答だったが、クワイエットラグジュアリーがタイムレスな装いを指すのであればいずれも同類で、流行ではなく、より確固たる何かではないか。



