ゼニスがジュネーブ・ウォッチ・デイズ2026で発表した新作「クロノマスター ソロ スポーツ」は、「クロノマスター」に加わった新作モデルだ。名機エル・プリメロの3針ムーブメントを搭載し、アーカイブピースに着想を得たデザインが与えられた本作は、ミニマルな中にゼニスらしさを詰め込んだ意欲作である。

現代のゼニスを象徴する「クロノマスター」に3針モデルが登場。逆回転防止機構付きの回転ベゼルと、Zモチーフが配されたダイアルには、セラミックスが採用されている。自動巻き(Cal.エル・プリメロ3620CS)。27石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径40mm)。20気圧防水。デイト表示付きモデル:各145万8600円(税込み)。ノンデイトモデル:134万900円(税込み)。
Text by Tsubasa Nojima
[2026年9月3日公開記事]
ゼニスの新しい顔。「クロノマスター ソロ スポーツ」
1865年、ジョルジュ・ファーブル=ジャコが創業したゼニスは、当時のスイス時計製造の主流であった水平分業ではなく、早期より垂直統合の道を歩んだ稀有なブランドだ。この選択によって同社は、信頼性に優れた高品質な時計製造を可能とし、ブランド名が意味する“頂点”へと着実に上り詰めていった。その先見性は、1888年における「PILOT」の商標登録やパリ万国博覧会におけるグランプリの獲得、高精度ムーブメントCal.135の開発など、数々の偉業へとつながり、王族や探検家、作家をはじめとする世界中の著名な人物に選ばれていった。
同社の功績として特に有名なのが、1969年に発表された自動巻きクロノグラフ、「エル・プリメロ」を開発したことだろう。当時の各時計メーカーにとっての悲願であった自動巻きクロノグラフは、時刻表示用の輪列とクロノグラフ輪列を安定して同時に動かすための高効率な自動巻き機構を組み込みながらも、腕時計として着用可能なサイズに収めることが求められる。これは決して簡単なことではなかった。1969年にセイコーのCal.6139、ホイヤー・レオニダス、ブライトリング、ハミルトン-ビューレン、デュボア・デプラの連合によるCal.11、そしてゼニスのエル・プリメロが発表され、その開発競争は、時計史のマイルストーンとして今日に至るまで語り継がれることとなった。
垂直クラッチを採用したCal.6139、マイクロローター式自動巻きとクロノグラフモジュールを重ねた構造のCal.11が、それぞれ後の自動巻きクロノグラフに大きな影響を与えたことは事実である。しかし、改良が加えられつつも現在に至るまで製造し続けられているムーブメントとして、エル・プリメロは稀有な存在と言えるだろう。熾烈な開発競争においてなお、当初から高い完成度を保つことができたのは、同社のマニュファクチュールとしての技術とプライドがあってこそのものであったに違いない。
そんな同社がジュネーブ・ウォッチ・デイズ2026で発表した新作が、「クロノマスター ソロ スポーツ」である。「クロノマスター」は、エル・プリメロを搭載した自動巻きクロノグラフのコレクションだ。そこに加わった本作は、コレクション初の3針モデルとして、伝統を受け継ぎつつも新たな風を吹き込む意欲作である。そのミニマルなデザインに込められた魅力を解き明かしていきたい。

独創性の理由をディテールから分析
リュウズガードを備えたケース、逆回転防止機構を搭載した回転ベゼルなど、そのスタイルはアイコニックでありながら、一見オーソドックスにも見える。しかし、その細部にはゼニスの精神を象徴する要素が溶け込みつつも、他に類を見ない独創性を発揮している。クロノマスター最大の特徴であるクロノグラフを廃したシンプルな外観と、アイコニックな意匠の融合を果たした本作は、その独創性をいかにして創出したのか? その知見にディテールから迫る。
毎秒10振動のハイビートはそのままに、クロノグラフをなくしたエル・プリメロを搭載
外観の前に、ムーブメントに触れておきたい。本作が搭載するのは、Cal.エル・プリメロ3620CSだ。これはただクロノグラフを引き算したものではなく、3針仕様に設計し直されたエル・プリメロであり、すでに「デファイ」や「パイロット」コレクションでの採用実績がある。エル・プリメロは自動巻きクロノグラフムーブメントの代名詞として知られるが、毎秒10振動のハイビートが生み出す高精度もまた、大きな特徴である。そのメリットは、3針ムーブメントでも十分に享受できるものだ。
ベースとなる設計は1969年から受け継がれたものだが、現代の第一線で活用されるムーブメントだけあり、そのスペックには相応のアップデートが加えられている。高い耐磁性を発揮するシリコン製脱進機、約60時間のパワーリザーブ、正確な時刻合わせに不可欠な秒針停止機構は、その好例である。
ムーブメントに与えられる仕上げは、派手さを抑えつつも上質さを感じさせるものだ。ローターやブリッジにはオープンワークが施され、繊細なヘアラインが輪郭をはっきりと浮かび上がらせる。ブルーのスクリューとシリコン製のガンギ車、赤いルビーをアクセントに利かせている点も魅力だ。

まったく新しいコレクションながら過去の名作を引き継いだディテール
本作のデザインからは、現行のどのモデルとも異なる新鮮さを感じることができる。面取りされ、かつ短くされた特徴的なラグや中央のコマをポリッシュ仕上げとした3連ブレスレット、インデックスと針の雰囲気は、クロノマスターコレクションに共通する仕様だが、全体の要素は複数のアーカイブピースから抽出し、再構成したものである。「S58」や「P3632」「A3634」など、1950年代後半から70年代初頭にかけて開発された回転ベゼル付きのモデルや、2000年前後に好評を博した「レインボー エリート」など、本作には同社が生み出してきた3針モデルのDNAが受け継がれている。ダイアル全面に敷き詰められているのは、高振動を表現するためのZモチーフ。これも、同社の伝統を象徴するディテールのひとつだ。
このようにアーカイブピースに着想を得たクロノマスター ソロ スポーツだが、そのことを感じさせないほどモダンにまとめ上げられている。そう印象付けるのは、ダイアルとベゼルに用いられたセラミックスのためだろう。セラミックスは独特の艶を宿し、耐傷性と耐光性に優れた素材だ。傷やかすれによってベゼルの目盛りが消えてしまうことや、紫外線などによる退色が発生しにくく、長年にわたって新品時に近い美観を保つことができる。また、スポーツウォッチではマットな仕上げを与えることで視認性を高めることが一般的だが、本作ではセラミックスの艶を生かすことで、スポーティーな意匠を持ちつつドレッシーな雰囲気を漂わせている。
しかしながら、決して視認性を犠牲にしていないのは、真摯に実用時計作りに向き合ってきたゼニスらしい配慮だ。中央に蓄光塗料のラインを加えた立体的なインデックスは、光を受けることでさらに存在感を主張し、暗所でも十分な視認性を発揮する。インデックスと時分針のデザインをそろえることで、統一感を持たせていることも魅力だ。ダイアルの端まで長く伸びた秒針が高精度機らしさを強調し、そのカウンターウェイトにはZモチーフが取り入れられている。毎秒10振動のハイビートであることを視覚的に明示しているのが、アーカイブピースから着想を得た、振動数に合わせて5分割された“シャークトゥース”のミニッツトラック。秒針がミニッツトラックの上を滑らかになぞる様子を楽しむことができる。
デイリーユースにふさわしい現代的なスペック
歴史的なムーブメントと、アイコニックな意匠を備えたクロノマスター ソロ スポーツ。しかし、本作の魅力はそれだけにとどまらない。ビジネスからレジャーまで、さまざまなシーンで活躍する汎用性の高さも見逃してはならないポイントだ。そしてそのことを支えているのが、基本的なスペックを高い次元で備えていることにある。
腕時計において、数値化が難しくも重視すべきスペックのひとつに挙げられるのが、装着感だ。直径40mmのケースがもたらす装着感の良さは、長時間の着用でもストレスを感じにくい。厚さを抑えジャケットの袖にもすんなりと収まるサイズ感は、厚着になりがちな秋冬でも使いやすいだろう。

そしてその装着感を一段と高めてくれるのが、ブレスレットに採用された「ZENCLASP™」である。これは、人間工学に基づいて開発された、不意な脱落を防止するダブルロック式の三つ折れバックルであり、内部に微調整機構を搭載していることが特徴だ。これによって、工具を使うことなく2.5mm単位で最大10mmまで、手首回りに合わせたサイズに延長することが可能となっている。
それだけではなく、バックルの開閉部にセラミックボールを用いることで経年による摩耗やがたつきを防ぎ、長年にわたって安心して使用し続けることができるのだ。ZENCLASP™は計41個ものパーツで構成されている。パーツ点数が多いと故障が気掛かりになるが、開発にあたっては10年以上の通常の使用に相当する累積60万回の開閉など、入念なテストを経ており、その信頼性は十分と言えるだろう。なお、マイクロアジャスト機構の搭載によって、従来に比べてわずかにバックルの厚さと長さが増しているが、見た目のコンパクトさやエッジを落とした肌触りの良さを追求することで、快適性を確保している。

さらに、湿度の高い日本において気兼ねなく使うには、しっかりとした防水性が不可欠だ。本作ではねじ込み式リュウズによって、20気圧の防水性を達成している。公式にはダイバーズウォッチと位置付けられていないモデルであるものの、それらに引けを取らないスペックは、日常生活だけではなく水辺でも安心して使用させてくれる。
また、腕時計を使用する場面では、スマートフォンやスピーカー、パソコンなど、多くの電子機器に囲まれることが多いだろう。これらには磁石が組み込まれ、時計の大敵である磁気を発している。万一、磁気帯びをしてしまえば精度が悪化してしまい、正確な時刻を得ることができなくなってしまう。本作では特に磁気帯びしやすい脱進機に非磁性のシリコンを用いることで、耐磁性を飛躍的に高めているのだ。
腕時計にとっては、衝撃も避けるべきもののひとつだ。現代の機械式腕時計は、ほぼすべてが天真(テンプの軸)に耐震装置を備えているため、小さな衝撃であれば直ちに故障につながることは稀である。しかし、小さくても断続的に衝撃が加わると、テンプの動きに乱れが生じ、精度に悪影響を与えてしまう可能性がある。外乱に強いハイビートムーブメントを搭載した本作であれば、そのような環境下でも高い携帯精度を発揮することができるのだ。
時計オタクによる、時計オタクのための1本
本作の開発を主導したのは、クロノマスター スポーツをはじめとする数々のプロダクトを成功に導いてきたゼニスのチーフ・プロダクト・オフィサー、ロマン・マリエッタだ。そんな同氏の強い思いによって実現したのが、ノンデイト仕様のラインナップである。
確かに時計オタクの一部では、シンメトリーな見た目と機械的にシンプルな構造のノンデイトを熱烈に好む層が存在する。しかし、実際に高級腕時計を手に取るのは時計オタクだけとは限らず、多くの場合では利便性の高いデイト表示付きが選ばれる傾向にある。セールスの観点では、ニッチな要望に応えるのは非効率である。
ではなぜ、ロマン・マリエッタはノンデイト仕様を強く推したのだろうか? これについて彼は次のように語った。
「お客様には選ぶ楽しさを持ってほしいです。日付表示が備わっていることは、コレクターの間でかなり意見が分かれるポイントです。ただ、私たちにとってこのモデルに日付表示を載せるのはごく自然なことでした。日付表示は腕時計の中でも特に実用性の高い機能のひとつですし、何よりこの腕時計は日常をともにする相棒のような存在であってほしいと考えていたからです。その一方で、もっと“ギーク”っぽい、あるいはヴィンテージ感のある選択肢も、時計愛好家に向けて用意したいと思っていました。そこで、私たち自身の好みも反映させながら、クロノマスター ソロ スポーツをよりピュアなかたちで味わえるノンデイト仕様を提案しました。もちろん、このモデルが持つ日常使いのしやすさや汎用性は、しっかりと保たれています」
多くの場合、多様なニーズに応えようとするほど、プロダクトの個性は失われ、丸くなっていく傾向にある。しかし本作がそのコンセプトを損ねることなく、デイト表示の有無という2パターンを用意することができたのは、ロマン・マリエッタの非凡なバランス感覚があってこそのものなのだろう。

ゼニスの“ミニマル”に宿る美学を見よ!
シンプルであることと、個性的であること。このふたつを両立させるのは、決して容易ではない。腕時計を構成する要素を削ぎ落としていくほど、そこに個性を盛り込む余地もまた少なくなっていくからだ。
突き詰めれば、最後に残るのは針やインデックスといった、時刻を表示するために欠かせない要素である。もちろん、それらに大胆な造形を与えることで個性を演出することはできる。しかし、時計としての本分である視認性まで損なってしまえば、ミニマルな実用時計としては本末転倒だろう。しかも、後発のモデルほど、そのハードルは高くなる。簡潔な意匠でありながら強烈なアイデンティティーを確立した先行モデルが存在すれば、同じように要素を絞り込みながら、そこから異なる個性を打ち出すことは容易ではない。
では、虚飾を排し、必要最小限の要素だけで構成された腕時計に、実用性を損なうことなく個性を与えるにはどうすればよいのか? その答えは、ひとつひとつのディテールを奇抜に仕立てることではなく、ケースやダイアル、針、インデックスといった要素を含めた、全体のパッケージングにある。その好例となるのが、クロノマスター ソロ スポーツなのだ。日常のあらゆるシーンに溶け込むデザインに、ブランドの歴史を象徴するディテールを忍ばせ、さらに高いスペックを与えた本作は、同社の新たなアイコンとして認知されていく素養を十分に備えている。
公式サイト:https://www.zenith-watches.com/ja_jp



