F.P.ジュルヌを代表する「クロノメーター・スヴラン」は今年で発表20周年を迎えた。クロノメーターの歴史から着想し、独自の設計で至高の高精度を追求した長寿の名作は、ブランドのタイムレスなクラシックとして世界の時計愛好家を魅了してきただけでなく、オートオルロジュリーの分野でも未来へと語り継がれる伝説となった。
Photographs by Eiichi Okuyama
菅原茂:文
Text by Shigeru Sugawara
Edited by Yuzo Takeishi
[クロノス日本版 2025年11月号掲載記事]
現代の天才時計師が高精度を形にした、日常使いできる最高峰クロノメーター
機械式時計の復活を受けて、傑出した才能を持つ独立時計師たちが活躍するようになった2000年前後、中でも群を抜く存在だったのは、紛れもなくフランソワ‐ポール・ジュルヌである。フランスのマルセイユ出身、パリで歴史的な時計の修復を手掛け、独立時計師時代に著名な時計ブランド向けに複雑ムーブメントの開発に協力した彼が、自身のブランド、F.P.ジュルヌをジュネーブで設立したのは1999年のことだった。
当時は一部の専門家や愛好家の間でしか知られていなかったその名を広めることになったのが、ハリー・ウィンストンとのコラボレーションによる「オーパス1」。2001年の第1回に「クロノメーター・レゾナンス」「トゥールビヨン・スヴラン」「オクタ・パワーリザーブ」を発表し、独創的な複雑時計に世界の注目が集まったのである。

創業以来、フランソワ‐ポール・ジュルヌの時計づくりは一貫して独立独歩、頑なまでに自身のスタイルを守り続けている。そうした姿勢は、ダイアルとケースバックに記された“F.P.JOURNE Invenit etFecit”というロゴからも読み取れる。これは、ラテン語の直接法能動態現在三人称単数で「F.P.ジュルヌが発明し製作する」という意味だ。伝統を受け継ぐ現代の機械式時計に革新は数あれど、発明はほとんどないと語っていたジュルヌにとって「発明」こそが重要なのだった。通常であれば単に人名やブランド名を用いるロゴに堂々とステートメントを掲げる時計など他にあるだろうか。
その「発明」の言葉通り、ユニークなレイアウトのダイアルと、それに合わせて設計された独自ムーブメントを特徴とするモデルを次々と発表して、フランソワ‐ポール・ジュルヌの世界を築く中で05年に発表されたのが、今年20周年を迎えた「クロノメーター・スヴラン」だ。発表の前年に「次の新作は最もシンプルな時計になるだろう、ただし単なるシンプルウォッチではない」と構想を語っていたジュルヌ。その言葉通り、オフセンターの時刻表示と各表示が分散した個性的なダイアルとは打って変わって、中2針構成のダイアルは確かにシンプルではあるものの、3時位置のパワーリザーブ表示や7時と8時の間に位置する比較的大きなスモールセコンドは、伝統的な配置とは大きくかけ離れ、シンプルならざる特異なフェイスを生み出している。

ダイアルのデザインから始め、次にムーブメントの設計を考えるという基本的な方法論はここでもしっかり実践されている。印象的なダイアルの背後で時を刻む手巻きキャリバー1304は、フランソワ‐ポール・ジュルヌの発明の才が遺憾なく発揮されたムーブメントである。時計を裏返すと、まず地板や受けを構成する贅沢なローズゴールドの輝きに目を奪われるが、リュウズの3時位置から9時側に向かって、ふたつの香箱と大型テンプをシンメトリーに配置した構造に設計の妙が見て取れる。時計市場で一般的に手に入る伝統的な手巻きムーブメントとは完全に異なるキャリバー1304をジュルヌは、往年のマリンクロノメーターから発想したという。並列ツインバレルを取り入れたのは、長時間パワーリザーブを得るためというよりは、ゼンマイの全巻き状態から停止に至るまで、常に安定した動力を供給することによってテンプの振り角を維持し、高精度を実現することが目的だった。それゆえに「クロノメーター・スヴラン」、すなわち「至高の高精度時計」と銘打っているのだ。技術の追求だけでなく、そこには日常使いが可能なクロノメーターという意図も込められている。腕に着けてジュルヌの発明と最高峰の高精度を楽しむために考案された時計なのである。
発表から20周年を記念するモデルも、オリジナルデザインやムーブメントは健在だ。タイムレスなクラシックとして生き続けるこの時計にとって、20年はまだ未来への通過点なのかもしれない。

クロノメーター・スヴラン誕生20周年に際し、プラチナ950またはピンク色の濃厚な6Nゴールド(写真)のケースに、新たにブルーダイアルを組み合わせたモデルが加わった。薄型ケースの優美なフォルムを強調するゴールドと、独創的な手巻きムーブメントを造形するゴールド、両者の絶妙な一体感によってクロノメーター・スヴランのクラシカルな味わいがさらに際立つ。手巻き(Cal.1304)。22石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約56時間。18KRGケース(直径40mm、厚さ8mm)。3気圧防水。要価格問い合わせ。
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