注目時計の〝中身〟を問う。新型ムーブメント深掘り鑑定術⑤ヴァシュロン・コンスタンタンの超大作

2026.07.06

2015年のRef.57260で複雑時計の記録を塗り替えたヴァシュロン・コンスタンタン。しかし同社は新作の「レ・キャビノティエ ザ・バークレー・グランドコンプリケーション」でその記録を上書きした。Ref.57260と同じ所有者が注文した本作は、極めて複雑な中国暦パーペチュアルカレンダーを含む63もの複雑機能を持つ超大作だ。

Cal.3752

Cal.3752
ヴァシュロン・コンスタンタンが完成させた史上空前の超複雑ムーブメントCal.3752。世界初となる中国暦の永久カレンダーを筆頭に、ソヌリやアーミラリトゥールビヨンなど、63もの機能を搭載している。開発期間は11年にも及んだ。左が文字盤側、右が裏蓋側のムーブメント。手巻き(直径72mm、厚さ36mm)。245石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約60時間。部品点数2877個。

注目時計の〝中身〟を問う。新型ムーブメント深掘り鑑定術④パテック フィリップのワールドタイム「Cal.240 HU C」

FEATURES

注目時計の〝中身〟を問う。新型ムーブメント深掘り鑑定術③ブライトリングの永久カレンダー「Cal.B19」

FEATURES

注目時計の〝中身〟を問う。新型ムーブメント深掘り鑑定術①カルティエ「Cal.1928 MC」と光発電ムーブメント

FEATURES

注目時計の〝中身〟を問う。新型ムーブメント深掘り鑑定術②ブルガリのチャイミングウォッチ

FEATURES

広田雅将(本誌)、鈴木幸也(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Text & Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年1月号掲載記事]


世界記録を塗り替えたヴァシュロン・コンスタンタンのノウハウ

 2015年の「リファレンス57260」と24年の「レ・キャビノティエ ザ・バークレー・グランドコンプリケーション」は、いわば双子のような時計である。ユダヤ暦パーペチュアルカレンダーを搭載した、そして最も複雑な時計を製作すべしという注文は、8年もの歳月をかけて57260に結実した。その過程の中で、同じ発注者は中国暦パーペチュアルカレンダーを組み込んだ、より複雑な時計も作れるのではないかと考えるようになった。そこで生まれたのが、11年もの歳月を費やした「ザ・バークレー」である。877個の部品と245個のルビー、そして9つのディスクを持つムーブメントは、なんと63もの機能を持つだけでなく、中国暦の永久カレンダーを備えていた。

Cal.3752

ヴァシュロン・コンスタンタンがRef.57260とザ・バークレーを実現できた理由は、ムーブメントの階層構造にある。4層の地板にクロノグラフ(152)、グレゴリオ暦の永久カレンダー(252)、クロノグラフと中国暦の永久カレンダー(352)、そして天文表示(552)と分けたほか、2枚のサブ地板にも機能を散らしている。

 中国暦とは、月の満ち欠けの繰り返しで成り立つ太陰暦と、地球が太陽の周りを回る周期からなる太陽暦を踏まえた、いわゆる太陰太陽暦(旧暦)である。今までにも、いくつかのメーカーがカレンダーウォッチにこの中国暦を採用してきたが、極めて不規則な中国暦を永久カレンダーとするのは不可能とされてきた。一番の問題は、2〜3年ごとに挿入される閏月で、これは19年周期の間に7回行われるものだ。ヴァシュロン・コンスタンタンの技術陣は、この不規則な暦をプログラミングしただけでなく、1月21日から2月21日の間で常に変わり続ける春節も表示できるようにした。サイズの大きな懐中時計だからこそ搭載できたとも言えるが、今まで中国暦の永久カレンダーが存在しなかったのは事実である。

 これ以外の機能も、ザ・バークレーは極め付きだ。24都市のワールドタイム表示、昼夜表示を備えた第2時間帯表示、5つのハンマーとゴングを持つソヌリ、3軸トゥールビヨン、グレゴリオ暦の永久カレンダー、均時差表示にスカイチャート、そしてスプリットセコンドクロノグラフにアラームといった具合だ。しかも重要なポイントは、この時計は実際に動く、ということだ。

Cal.3752

ムーブメントの階層化により、かつてない複雑機構を実現したザ・バークレー。その代償として、組み立てはいっそう複雑になった。組み立てだけで1年を要する複雑時計は、おそらく今後もないだろう。しかも社内で行ったテストによると、この時計の精度はCOSCの精度許容値である平均日差-4秒から+6秒に完璧に準拠している、とのこと。複雑さを考えれば、精度も極め付きに良好だ。

 ヴァシュロン・コンスタンタンが57260と、より複雑なザ・バークレーを作れた理由は、キャビノティエが培ってきたノウハウにある。機能を増やすには、ムーブメントを何層にも分け、それぞれに機能を分ければよい。デュボア・デプラがモジュール式のクロノグラフを、IWCが永久カレンダーを作れた理由だ。しかし部品点数の多い超複雑時計になると、問題はそう簡単ではなくなる。というのも階層が増えるほど不具合が出やすくなるのだ。対してレ・キャビノティエは、階層を分ける設計と、それを動かすノウハウを蓄積してきた。その集大成が、2024年のザ・バークレーと言える。

 もっとも、そのノウハウは一朝一夕で培えるものではない。一般的な複雑機構を例に挙げると、ひとつの部品のアガキは100分の2mm程度だ。しかし、これが積み重なると、全体のアガキは100分の20mmに広がり、時計は動かなくなる。対してレ・キャビノティエでは、ひとつの部品ではなく、全体のアガキを100分の2mm以下に揃えるようにした。必要なのは、優れた設計と精密な部品、そしてそれ以上に、ミクロン単位の組み立てが可能な時計師たちだ。ザ・バークレーの組み立てだけで1年を要した理由である。

レ・キャビノティエ ザ・バークレー グランドコンプリケーション

レ・キャビノティエ ザ・バークレー グランドコンプリケーション
世界的な時計コレクターであるウィリアム・R・バークレー氏の要望で製作された超複雑時計。Ref.57260の発注者でもある彼は、世界初となる中国暦の永久カレンダーの搭載を望み、それが本作に結実した。11年の歳月を費やして生まれたこの時計は、Ref.57260よりも6つ多い、63もの機能を搭載する。Ref.9901C/000G-B472。手巻き(Cal.3752)。18KWGケース(直径98mm、厚さ50mm)。重さ980g。非防水。ユニークピース。

 57260で実現した複雑さを再び塗り替えたザ・バークレー。おそらく今後、これ以上の複雑時計はできないのではないか? もっとも塗り替えられるメーカーがあるならば、それは間違いなく、ヴァシュロン・コンスタンタンであるはずだ。



Contact info:ヴァシュロン・コンスタンタン Tel.0120-63-1755


ヴァシュロン・コンスタンタン 9年ぶりに更新された“世界一複雑な時計”

FEATURES

3つの超複雑機構を搭載したヴァシュロン・コンスタンタン「オーヴァーシーズ・グランドコンプリケーション・オープンフェイス」

FEATURES

【時計オタク向け】ロレックスにグランドセイコー……2025年に発表された新型ムーブメントを振り返る

FEATURES