時計修理は挑戦の連続。セイコーの歴史的名機、スピードタイマーの修理に挑む

FEATUREその他
2023.06.10

銀座にある時計店、クロノセオリー東京で時計師として働く飯塚雄太郎氏が、実際の作業を通じて時計修理・メンテナンスの重要性について綴る。今回はセイコー 5スポーツ スピードタイマーの修理に挑戦。動作に問題を抱えたヴィンテージウォッチは、いくつもの作業を経てよみがえるのだ。

セイコー 5スポーツ スピードタイマー

飯塚雄太郎:文・写真 Text & Photographs by Yutaro Iizuka
2023年6月6日掲載記事

時計師が語るメンテナンス事情

前回の記事の反応を多くいただき驚いた。それだけメンテナンスについて、知りたいことが多いのだろうと強く感じた。そこで、今回は修理品を受付後の作業がされていくかについて、また今回の内容は作業としては難易度の高いものであったので、それについても書く。今回の作業内容が、これから技術を学ぼうとする人間にとって、今後身につけたいスキルの手掛かりになるようなものであって欲しいとも、烏滸がましいけれど密かに願っている。


難しさへの挑戦

 預かった時計はセイコー 5スポーツ スピードタイマーの6139A。世界で初めて発売された自動巻クロノグラフとして有名である。1969年の機械で半世紀以上の歴史を持つ時計である。交換パーツが必要な場合は修理不可とされることも多く、マニアの間で人気のある時計だが、修理ができず悩む方も多いのではないだろうか。

セイコー 5スポーツ スピードタイマー

受付時の様子。ややガラスが曇っていることがわかる。

 実際作業を始めると摩耗があまりにも進んだ部分が見つかり、それによる二次的な影響も発生している状況だった。改善のためにドナームーブメントを手に入れることも考えたが、その個体すらも摩耗している可能性がある。そんな賭けに出るくらいならと、ある作業の決意をするのであった。

ムーブメント

ムーブメントの様子。金属粉が多く見られ、ひげゼンマイもよく見ると……?


武術の達人、初めての機械式

 今回の修理はくろのぴーす氏が石井東吾氏に、ある記事を紹介したことがきっかけだった。石井東吾氏は、武術家で、ブルース・リーが開発した武術、截拳道(ジークンドー)のインストラクターである。ブルース・リーはセイコーのスピードタイマーを愛用していたという記事を読み、某オークションで発見したのである。

くろのぴーす氏に、なにか不具合あっても飯塚がなんとかするから購入しても大丈夫と言われ、購入を決めたらしいのだが、それまでまったく飯塚の耳に入らなかったことは秘密の話である。新品パーツが見つかりにくいのは当然として、あるパーツが壊れていた場合にはドナームーブを用意する必要があり、高額な費用になってしまう可能性があるのは購入前にお伝えしてあげたいことであった。

ブレスレット

ブレスレットも特殊。チェーンが付き、写真左下の突起パーツを回転させることで装着する。


ドキドキの受付時の観察とワクワク

 修理受付の際、簡易的に状態を見ると〝動作〟は確認できた。測定機に乗せると、精度が安定しない。急に刻音が乱れる様子。調速機に何かあることだけはわかった。ローター(回転錘)がどこかに擦れている音もする。なんともやりがいがありそうであったが、稼働を確認出来て少しホッとした。

 東吾氏から、初めての機械式時計であること、ブルース・リー氏への思い、この時計をつけることが楽しみだと話を聞き、飯塚は東吾氏の喜ぶ顔が見たくなった。修理において、機械に対する純粋な興味以外でお客様の気持ちを受け取り、ワクワクするのはクロノセオリーで働くようになってからだと思う。

ムーブメント

ローターが擦れたことによりプレートのメッキが剥げているのがわかる。


外装編~防水不良の原因の特定は難しい

 こういった年代物であれば特に、状態を隅々まで確認しなければ見積もりを正確にすることができず、時計をすべて分解する必要がある。

 まずは防水試験。結果NGであった。つまりは防水が効いていないのだが、テスト経過の様子を見ると「防水効きそうだな」と飯塚の勘が働いた。防水機能にはパッキンが不可欠であり、パッキンで防水機能のほとんどが決まっているといってもいい。

セイコー 5スポーツ スピードタイマー

表ガラスが曇っている。綺麗にし、オーバーホール後のケースに収めるのが楽しみである。

 意外と防水試験をNGからOKにするというのは骨が折れる。特に今回のようなクロノグラフになると、水の侵入経路がプッシュボタンの分増える。不良原因が1カ所だと助かるが、複数個所だと涙を流しながらの作業となる。しかし今回は古い個体なので、すべてのパッキンが劣化していると考え、まずはすべてのパッキンと外装の状態を確認することにした。

ケース

ベゼルを外し、錆を確認。これでも錆はかなり少ない方。状態が素晴らしく良い。

 裏ブタを開けた際にムーブメントに何やら怪しい金属粉が見えていたが、とりあえずその時は見なかったことにした。

 パッキンの様子を見ると裏蓋、リュウズ、プッシュボタンのパッキンは特に劣化が見られた。写真ではカッターで切れ目を入れて取り出しているところである。カチコチになり、パッキンとして役に立たなくなっていた。

セイコー 5スポーツ スピードタイマー

ゴムのような伸縮性がなくなると防水は利かなくなる。ここにホコリがひとつ入るだけで防水不良となる。

 とりあえずこれらのパッキンを交換すると防水試験はクリアできた。しかし、他のパッキンも交換し、少しでも水を気にしないで使用してもらいたいと思い、インターネットで探してみると、海外オークションでパッキン類はすべて手に入ることがわかった。これで外装の問題はすっかりクリアになった。

 パッキンのみの交換で防水が効くのは、実はかなりラッキーである。錆が回るとパッキンが機能しない場合やパッキンが溶けていて除去するのに難儀することもあるので、少なくとも外装は状態がよかったといえると思う。3気圧防水を確保できた。次は金属粉まみれのムーブメントである……。

セイコー 5スポーツ スピードタイマー

プッシュボタンのカチカチパッキンを取り出している様子。


内装編~金属粉には警戒を〜

 擦っていたローターをすぐに修正すると、時計の心臓部のヒゲゼンマイの具合を確認。測定機に乗せて、刻音が安定しなかった原因は、ヒゲゼンマイに油が付着し、隣り合う部分がくっつく時があるためだった。

 天真(テンプの軸)が曲がる、ヒゲゼンマイが外れかかっている、ヒゲゼンマイが絡まっている、垂直クラッチのクロノグラフ歯車が悪さしていたら……などの怖い想像をしていたのでホッとした。要であるクロノグラフ機構の歯車が生きていたので、ムーブに関してもそこまで状態は悪くないのかもしれない。

ヒゲゼンマイ

拡散した油により、ヒゲゼンマイがくっついているのがわかる。

 問題は金属粉の発生個所である。パーツ交換や修正で済めばいいのだが、かなりの金属粉量だ。じっくりと分解観察を進めると、角穴車(ゼンマイを巻き上げるための車)が写真のようにプレートをゴリゴリに削っていた。それだけではなく、メインプレートの香箱(主ゼンマイの入った車)の収まる箇所も削れている上、香箱の軸穴も楕円形になっている。

ムーブメント

写真の青枠は角穴車によって削られた部分である。

 この原因は、円形であるべき香箱軸穴の変形(摩耗)である。軸穴が広がってしまったことにより、香箱とそれに取り付けられる角穴車が傾き、それぞれのプレートにダメージを与えたのだ。

ムーブメント

青枠部分は香箱が傾き、メインプレートを削っている。方向も先ほどの写真と一致している。

 これ以外にも異常は4カ所ほどはあったが、これに比べれば大したことではなく、すぐに修正、もしくはパーツを入手することができた。

ムーブメント

天真(テンプの軸)の先の傷も除去した。

 ここまで分解すると、摩耗したパーツ探し、改善方法の見出しを経て見積もりがようやく完成する。少し大げさに書いているところもあるかもしれないが、それなりに時間がかかるので、キャンセル料はどうしても必要となる理由がご理解いただけると思う。

 メインプレートの摩耗をじっと見ながら、「どうしよっかなぁ」ととりあえず頭をかきむしる……。


時計師しかわからない感動ポイント

気分を切り替えて、分解中に発見した、このキャリバー6139の良いと感じたことをふたつ共有したい。

ひとつ目はガンギ車。ガンギ車は歯車の回転運動をテンプの往復運動に変える、脱進機と呼ばれる機構のパーツで、時計の肝のひとつである。この車全体は5.6mm程度の大きさであるが、15枚の歯先ひとつひとつが面取りされていた。

 この意図は、油の保持を目的とするもので、大変手間のかかるものである。それだけ力を入れていたムーブメントであるのかなと思う。実は面取り自体は特段珍しいことではないのだが、下面に施されることが多い。これは上面にあったので目に留まった。

ガンギ車

ガンギ車の歯先の面取り。

 ふたつ目はクロノグラフ歯車の針の付く先端である。垂直クラッチ機構を持つ本体も見ごたえがあるが、先端に施された処理に驚いた。

 通常、針のつく軸は円形であるが、その軸を挟むように上下2カ所をフラットに削られていたのだ。断面図としては長方形の短い辺が円弧になった状態だ。最初に確認したときはクロノグラフ秒針がズレないためかと考えたが、メンテナンス書を手に入れ確認すると、どうやら作業者への配慮であったようだ。

ムーブメント

垂直クラッチの機構が歯車に乗っかっている。

 クロノグラフ秒針は目盛りぴったりに取り付けるのは実は難しい。作業者の腕が試される作業と言っていいかもしれない。しかし、この軸の処理のおかげで、たとえ針をずれて取り付けてしまっても、針をうまく回転させることで目盛りに合わせられるよ、という素晴らしい配慮であった。

 袴(針を取り付けるためのパイプ)を削ることになるから、これに頼りすぎないよう気を付けてねと最後に書き添えてあった。70~80年代ならまだしも、現代ではやるべきではない(袴を作るなら別だが)ので、私はその恩恵は受けられない……。

歯車

先端を拡大した様子。特殊な形状であることがわかる。


大きな手術の決断

 さて、今回メインプレートの摩耗に対し、どのように対応したかを書いていこう。

 ドナーとして、もうひとつ同じムーブメントを購入することも検討した。しかし、場所が場所なだけにそのムーブメントすらも穴の変形の可能性があり、その程度が軽いとは限らない。ある種の賭けになってしまう。

 そこで、“ブッシュ入れ”という作業をすることに決めた。ブッシュ入れというのは、変形した穴よりも大きめな穴をあけ、適切なサイズのパイプを圧入することで新たな軸穴を作り出す作業である。穴開けの位置がずれたら、時計としての機能を失う可能性をはらむ、リスクを伴う作業である。

メインプレート

メインプレートを板に対して水平に固定、固定にはシケラックを用いた。

 この方法で行こうと決めると、さっそく必要な治具や工具を作成した。そして何より大事なのは穴の中心を探し出す作業である。旋盤に取り付け、小さなハンマーでトンと軽くたたき、位置を見て、トン、様子見、トン、と旋盤の回転中心とメインプレートの中心を合わせていく。写真を見ると、中心だけブレがないことがわかる。これで中心が決まった。

 
ムーブメント

中心が一致した瞬間。中心部分だけ写真がブレていない。中心出しにはセンタリングスコープを使った。

 いざ穴あけを始めるとものの数分で終わる。それまでの準備の方が何倍も時間がかかるし、これで作業クオリティが決まる。〝準備ですべてが決まっている〟という名言通りかと思う。

ムーブメント

パイプを作成、研磨し、圧入したところ。


いざ組立作業へ

 ようやく分解時に見つけられたすべての不具合を解消し、今回の作業で最も確認すべきパワーリザーブの検査を行い、43時間の持続時間を記録した。歯数と香箱の回転数から計算できる値とほぼ一致し、ブッシュ入れ作業は成功した。ようやく安心できる。

 ある技術者は、ブッシュをメッキを施し、メインプレートの色とそろえているらしい。憧れる仕事である。次回のブッシュ入れははそれに挑戦したいと考えている。

穴開けの様子。緊張の一瞬である。

 じっくり丁寧に組み立て、綺麗になったムーブメントをみて安心した。金属粉まみれの様子を見た時はどうなることやらと思ったが……。

 このセイコー6139には手巻き機能がなく、日付、曜日を変更する方法も特殊である。使いはじめは時計が動き出すまで軽く振ってあげ(動き出しても10秒ほど続けた方がいいかもしれない)、1段引いたリュウズで時刻合わせをする。リュウズを軽くケースに押し込むと日付が、さらに押し込むと日付と曜日どちらも変更することが可能だ。針を取り付けるのにも専用の保持台が必要で海外から取り寄せておいた。

機械台

専用の機械台、3Dプリンターでできているようだ。ウチも欲しいなぁ。リュウズにはぷりぷり新鮮なパッキンがついている。

 私は時計の精度調整を研究テーマとして持っているので、できる範囲でメンテナンスにおいても力を入れている。今回はヒゲゼンマイの形を整えて、テンワ(テンプの外周部分)の歪みも取ると狙い通りの精度となった。非常に具合がいい。

 日差の確認をすると‐1秒~+4秒となった。これは、腕に着けた状態を想定できる機械「サイクロテスター」で8時間、文字盤上静置と3時上静置で16時間測定を行った際の値である。

精度測定

日差測定開始! 写真を撮って日差を記録している。


最後に

 今回は見積もりの大切さと、苦労した作業について書かせていただいた。メンテナンスは準備にも時間を使うことがある。経験豊富な技術者であればあるほど、今回私が作ったような切削バイトや板はすでに作ってある場合があるので、その分早く作業ができてしまうだろう。

 最近ご挨拶できた大先輩に今回のセイコーの話をすると、キャリバー6139の在庫をたくさん持っているようで言ってくれればよかったのに……と教えてくれた。このことを知っていれば、選択肢はもう少しあったかもしれない、いや、キャリバー6139の母数を減らさずに済んだことを良しとすべきか。ベストな選択の追求には終わりがない。

セイコー 5スポーツ スピードタイマー

東吾氏の腕元。お似合いだ。そしてガラスの曇りもなく綺麗になったことがわかる。

 最後に東吾氏との記念ショット。私にとっても、非常に記念すべき日になった。

セルフィー

東吾氏に無事納品! ブレスは調整不可であったが、ドンピシャで装着できてニコニコである。


著者のプロフィール

飯塚雄太郎
クロノセオリー在職の時計師。ヒコ・みづのジュエリーカレッジ在学中、2018年の「ウォルター・ランゲ・ウォッチメイキング・エクセレンス・アワード」に参加。バイメタルを使用した温度計がトリガーとなるアコースティックインディケーションで入賞を果たした。卒業後、修理会社を経て現職。Twitterアカウントは「@khronos_」。


「分解しないと分からないことがある」時計師が語るメンテナンスの重要性

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時計修理の現場から/神戸のアンティーク修理工房より

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時計のメンテナンスのタイミングはいつか?/ぜんまい知恵袋〜時計の疑問に答えます〜

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