巻き上げ機構 第1回「手巻き」

FEATURE時計機構論
2019.07.01
菅原 茂:文 Text by Shigeru Sugawara

 ドイツ人時計ジャーナリスト、ギズベルト・ブルーナー氏は、「朝起きたら腕時計を巻き上げ、針を合わせ、それから装着するのが日々の自然な行為だったのは、さほど昔の話ではない。自分の時計とこうしてつねに接触をもつことは一種の儀式のようになっていたが、第三の産業革命によって、多くの人にとって昔ながらの習慣は突然終わりを告げた。時間計測に電子技術が導入され、クォーツ・ムーブメントによる腕時計が発明されたからである」と、共著書『Wristwatches Armbanduhren Montres-bracelets(腕時計)』(1999年ドイツ・ケルン刊)の中で述べている。高精度で手間いらずのクォーツ・ウォッチが人と腕時計との関わりを確かに変えたと言えよう。その一方で、機械式腕時計が動力ゼンマイの巻き上げを必要とし、正確な時刻に針を手動で合わせなくてはならないのは、昔も今もまったく変わらないのだ。

 機械式時計の動力に金属のスプリングをコイル状に巻いたゼンマイが使われ始めたのは、15世紀のドイツという説が有力だ。巻き上げたゼンマイが解ける力で歯車を駆動させる仕組みにはすでに6世紀もの歴史を綴っている。落下する錘に代わり、こうしたゼンマイを使うことによって動力部の小型化が画期的に進み、携帯可能な時計への道が開けた。最初期のゼンマイ式時計として歴史的に有名なのは、ドイツ人時計職人ペーター・ヘンラインが1500年頃に製作した楕円のドラム型時計(通称「ニュルンベルクの卵」)だ。ゼンマイを完全に巻き上げてから40時間も駆動したというから、当時としては立派な代物である。