巻き上げ機構 第1回「手巻き」

FEATURE時計機構論
2019.07.01

ヴァシュロン・コンスタンタン
時計師ジャン=マルク・ヴァシュロンがブランドの創業年の1755年に製作したとされる自社最初の懐中時計は、典型的な鍵巻き式。この場合、ダイアル3時位置の穴に鍵を差し込んで、主ゼンマイを巻いた。18世紀後半以降では、このようなダイアル側ではなく、裏ぶたを開けて巻く鍵巻き式が一般的になる。


 動力用ゼンマイは、テンプの「ひげゼンマイ」と区別するために「主ゼンマイ(メイン・スプリング)」と呼ばれることが多く、それを収納する筒状の部品は「香箱」という。「香箱」とは、文字通り香を収める箱。香を燃やして時間を計った昔の香時計からの連想なのかもしれないが、現代の感覚からすると少々奇異な感じを受ける。英語では「バレル」だ。意味は「樽」であり、形状および、ゼンマイの収納、パワーの貯蔵をおのずと連想させる適語である。フランス語の「バリエ」も同じく「樽」という意味だが、ドイツ語の「フェダーハウス」は、ずばり「ゼンマイ箱」だ。ちなみに「香箱」が1個なら「シングル・バレル」、2個搭載する場合は「ツイン・バレル」というように表現する。

 さてこの主ゼンマイを手で巻き上げる方式が文字通り「手巻き」になるのだが、そこにも前史なるものがある。古い懐中時計の場合、手で巻くといっても「鍵(キー)」という専用器具を香箱の芯に差し込んで直接巻いていたのである。日本で今なお見かけることがある古い振り子柱時計、通称「ボンボン時計」は、文字盤の穴に鍵を差し込んでゼンマイを巻くが、それと同じである。鍵巻き式懐中時計を使うには、時計本体とは別になった鍵を常時携行するか、所定の場所に保管しておく必要があるが、専用の小さな鍵を失くしてしまうこともしばしばあったという。また、巻き上げに際して、いちいちケースの蓋を開ける手間もかかった。16世紀から19世紀の半ば頃までの懐中時計では、こんな状態が続いていたのである。

パテック フィリップ
パテック フィリップは、現代の腕時計にも広く一般的に用いられている、主ゼンマイの巻き上げと時刻合わせをリュウズで行う「手巻き」機構の開発で19世紀に名声を確立した。瞬時日送り式永久カレンダーを搭載するこの懐中時計(1870-1871年製造)にも同様の手巻き機構が備わっていた。18KYG(直径52.4mm)。

ピアジェ
薄型のドレッシーな腕時計に手巻きムーブメントは不可欠。ムーブメントとケースとを一体設計して、全体の厚さが3.65mmという世界最薄クラスの機械式腕時計を実現した「ピアジェ アルティプラノ」はその極み。ムーブメント自体でフェイスのデザインを構成する設計も斬新。自社製手巻き(Cal.900P)。18KWG(直径38mm)。307万5000円(税別)。