巻き上げ機構 第1回「手巻き」

FEATURE時計機構論
2019.07.01

 鍵巻き式から脱却するために考えられたものには二つある。一つは後述する「自動巻き」であり、これはすでに18世紀後半にその原型が実現している。もう一つはリュウズを介してゼンマイを巻き上げる「手巻き」で、19世紀前半に開発が進められた。つまり時系列に沿って方式の変化を整理すると、鍵による「手巻き」→ 鍵なしの「自動巻き」→ 鍵なしの「リュウズ手巻き」という順になる。

 リュウズによる巻き上げ方式(ステム・ワインディング)は、18世紀から19世紀にかけてパリで活躍した時計師アブラアン-ルイ・ブレゲ(1747-1823)も仕組みとしてはすでに考案していたという。彼の存命中には実現しなかったものの、息子アントワーヌ-ルイ・ブレゲが実製品を製作し、1833年に販売したという記録は残っている。同時期にスイスでは、ジュウ渓谷の時計師ルイ・オーデマや、シャルル・アントワーヌ・ルクルトによっても手巻き機構が開発されたが、その決定打となったのは、フランス人時計師ジャン-アドリアン・フィリップ(1815-1894)が1844年にパリで発表した、リュウズ一つでゼンマイの巻き上げと針合わせを可能とする簡易で実用的な方式である。ジャン-アドリアン・フィリップは、後にアントワーヌ・ノルベール・ド・パテック(1812-1877)とパートナーを組んでジュネーブの高級時計メーカー「パテック フィリップ」を発展させた偉人として有名だ。彼の考案した方式は、その後もさらに改良が重ねられ、最終形が1861年に特許登録された。19世紀後半の懐中時計から21世紀の腕時計に至る、ほとんどすべての機械式ムーブメントに採用されている、リュウズ巻き上げ・時刻合わせ機構は、彼のこうした業績によっている。

 手巻きは現在、シンプルでドレッシーな超薄型腕時計と、トゥールビヨンやミニッツリピーターのような複雑時計というように、機械式の両極の分野で比較的多く採用されているが、ジャンルを問わず圧倒的多数を占めるのは、次回以降で詳しく紹介する「自動巻き」である。