時計を手に入れるきっかけは人それぞれである。カノープスさんの場合、その瞬間は時計師や時計店との交流の中で訪れ、心が動かされることで実現に至る。カスタマイズの依頼も、胸躍るひとときだ。だからこそ、カノープスさんのコレクションは“幸福な出会いの記憶”で彩られている。関わる人々と次第に深いつながりを築いていくような、心豊かな時計ライフに魅了される。

2014年より時間に余裕が生まれたことを機に、時計に興味を持ち始める。優れた美的感性と豊かな学識を持ち、選ぶ時計には独自のストーリーが宿る。記憶力も卓越し、所有する時計のリファレンスまで覚えている。同じ時期にプラネタリウム観賞にも目覚め、現在は兵庫県明石市立天文科学館などに足繁く通う。
Photographs by Yu Mitamura
髙井智世:取材・文
Text by Tomoyo Takai
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年3月号掲載記事]
「作り手との関係を築くことで、時計は一層特別な存在となります」

現存する世界最古のプラネタリウムのレプリカ展示がある名古屋市科学館で、筆者は初めてカノープスさんにお会いした。知人から時計愛好家として紹介されたカノープスさん。「どんな時計をお持ちだろう?」という関心が芽生えた矢先、幸運にも再会の機会が訪れた。独立時計師クリスチャン・ラスの腕時計を購入されたカノープスさんの納品式にお誘いいただいたのである。クリスチャン・ラス夫妻は遠くデンマークから自ら時計を運び、カノープスさんへと手渡した。その時計は、デビュー作である「30CP」。調速機構に球体パーツを組み込んだ独創性に加え、まばゆい光沢の装飾仕上げも見事な作品であった。その輝くような時計をしばし陶然と見入っていたカノープスさんが、優れた美的感性の持ち主だと知った瞬間だ。以後も時計に関するやり取りを重ね、本取材のオファーを差し上げた次第である。


取材当日、カノープスさんは筆者がまだ見たことのないコレクションを持参してくださった。「本格的に時計趣味を始めたのは2014年からです。時計とプラネタリウム観賞を同時に新たな趣味にしました」。その最初の時計です、と手に取られたのは、ヴェンペの腕時計だ。「まずは裏蓋にグラスヒュッテ天文台のエングレービングされた『ツァイトマイスター』を購入しました。これを購入するときに出会ったシェルマンの方が知識豊富で、私をさらなる〝時計沼〞へと導いてくれたんです。ヴェンペはもう1本、『クロノメーターヴェルケ』も買いました。ムーブメントの輪列が北斗七星の形に組まれていて、この時計に出合ってから、ムーブメントに興味が湧きました」。


こうした理由で次に触手が伸びたのが、H.モーザーの「エンデバー・パーペチュアルムーン」だ。「この時計は7日巻きで、(トランスパレントバックから)赤い三角のパワーリザーブインジケーターがムーブメント外周を半周近くダイナミックに移動するのを眺めるのが面白いんですよ」。探究心旺盛なカノープスさんはそのままH.モーザーにのめりこんでいき、やがてダブルヘアスプリングに関心を持つ。そして17年に来日したCEOのエドゥアルド・メイランに直談判して、なんと「パイオニア・パーペチュアルカレンダー」のダブルヘアスプリング搭載機を作ってもらうこととなった。
余談だが、大雨の日にカノープスさんにお会いしたことがある。その際、腕に巻かれていたのがパイオニア・パーペチュアルカレンダーだった。「120m防水仕様のステンレススティール製なので、雨の日でも安心なんです」。そう話された言葉にあるように、「どんなに高価なものでも、使ってこそ価値がある」というカノープスさんの持論を筆者はとても好ましく感じている。
取材では、カノープスさんが小学生の頃にお父様から譲り受けたセイコーの機械式アンティークモデルなど、思い出の品もお持ちいただいたが、いずれもオーバーホールされ、手入れが行き届いていた。こうして愛着を持たれ、役目を全うできれば、時計もまた幸せだろう。


なお、この取材当日にカノープスさんが着用されていた時計はマルコ・ラングの「ツヴァイゲズィヒト1」であった。モデル名が示す通り「二面性」を表現したリバーシブルウォッチである。世界18本限定のうちの1本に、カノープスさんはカセドラル針とスペード針を自らの好みで組み合わせ、さらに納品予定年月の刻印を加えることで唯一無二の存在へと仕立て上げた。同モデルの入手の経緯を、カノープスさんはこう話す。「マルコさんがラング&ハイネを辞して独立後、最初に発表されたプロダクトなので、応援する気持ちで購入しました」。

カノープスさんがマルコ・ラング本人と出会ったのは18年のこと。まだラング&ハイネに在籍していたマルコが来日した際、その人柄に触れ、「ゲオルク」の購入を決意されたのだという。マルコ本人に依頼し、ムーブメントには日本標準時子午線を示す「135E」と、アッセンブル直前のエングレービング日の刻印を施した。針は3次元の造形に至高の職人技が光るルイ15世針へと変更し、優雅な雰囲気を一層引き立てた。


カノープスさんの話には多くの人名が登場する。時計師との出会いがきっかけで購入を決意した時計は、他にスピークマリンやハブリング・ツーなど。驚くべきことに、アッセンブリングや針の製造者など細かな部門の人まで細かく記憶し、彼らへの感謝も忘れない。「作り手と直接会話を交わすことで、『この人が丹精込めて、一生懸命作ってくれたんだ』という思いが生まれると、特別感や信頼感が増すのです。加えて、その後もSNSでの〝会話〞が続いて、それは時計以上の素晴らしい人生の宝物です」。
こうした愛情深いオーナーとの出会いは、時計師たちにとってもきっとうれしいものだろう。その幸せな感情は、時計を通して本人へも循環するはずだ。カノープスさんの話を聞きながら心に灯った福福しい感情を、原稿を締めくくる今、思い出している。



